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東京高等裁判所 平成10年(行ケ)114号 判決

東京都港区浜松町2丁目4番1号 世界貿易センタービル

原告

カヤバ工業株式会社

代表者代表取締役

細見淳

訴訟代理人弁理士

天野泉

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 伊佐山建志

指定代理人

神悦彦

舟木進

田中弘満

廣田米男

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

特許庁が平成9年異議第74519号事件について平成10年3月5日にした取消決定を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文と同旨

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、考案の名称を「倒立型フロントフォーク」とする実用新案登録第2529993号の考案(以下「本件考案」という。)の実用新案権者である。なお、本件考案は、原告が、昭和61年11月5日にした実用新案登録出願(昭和61年実用新案登録願第169657号、以下「原出願」という。)の一部を新たな実用新案登録出願(平成4年実用新案登録願第88132号)としたものであって、平成8年12月20日に実用新案権設定の登録がされたものである。

本件考案の実用新案登録については、平成9年9月22日に実用新案登録異議の申立てがされたので、特許庁は、これを平成9年異議第74519号事件として審理した結果、平成10年3月5日に「実用新案登録第2529993号の実用新案登録を取り消す。」との決定をし、同月23日にその謄本を原告に送達した。

2  実用新案登録請求の範囲

車体側に結合されるアウターチューブ内に車輪側に結合されるインナーチューブを摺動自在に挿入し、インナーチューブの下部中央に起立したダンパーシリンダ内にピストンを介してピストンロッドが移動自在に挿入され、ピストンロッドの上端はアウターチューブに結合されている倒立型フロントフォークにおいて、懸架スプリングをダンパーシリンダとインナーチューブとの間の環状隙間内に軸方向に沿って介装し、その懸架スプリングの下端をインナーチューブ側で支持する一方、上端をスペーサを介してアウターチューブ側で支持するとともに、懸架スプリングの上端が常時インナーチューブ上端より下方に位置するよう構成した倒立型フロントフォーク。

3  決定の理由

別添決定書の理由の写のとおりである。以下、原出願(実願昭和61-169657号)の願書に最初に添付された明細書を「当初明細書」、同じく図面を「当初図面」という。当初図面については、別紙図面参照。

4  決定の取消事由

決定の理由1、3は認め、同2は争う。同4は、審決の「引用刊行物」と本件考案とは同一であることは認めるけれども、本件考案の方が先願となるものである。同5は争う。

決定は、「懸架スプリングの上端が常時インナーチューブ上端より下方に位置する」との構成が、当初明細書又は図面に記載されていることを看過した結果、本件考案の出願日が遡及しないものと誤認したものであって、違法であるから、取り消されるべきである。

(1)ア  当初図面の第3図は、クッションスプリング67の上端がスプリングシート65に当接している状態を示しており、ピストン48とピストンロッド49の最伸長状態若しくは最伸長近傍の状態を示していることは自明である。

上記第3図の状態がピストンロッド49の伸び切った最伸長状態か、最伸長近傍かは、必ずしも明らかではないが、最伸長状態であるならば、懸架スプリング79の上端はインナーチューブ44の上端より下方に位置している状態が図示されているから、これ以上懸架スプリング79の上端は上方に移動できない。したがって、「懸架スプリングの上端が常時インナーチューブ上端より下方に位置する」との構成が示されていることは、客観的に明らかである。

仮に、第3図の状態がピストンロッド49の最伸長近傍の位置を示すものであったとしても、この状態からのピストンロッド49の伸長ストロークはごく僅かであり、懸架スプリング79の上端がインナーチューブ44の上端を越える位置まで伸長するのを許容するものではない。なぜならば、図示されたクッションスプリング67は、一般的な図法で認められたスプリングの略示図であるところ、点線で示す部分は、一つ以上重ねられた線体を含むものであるから、図示の状態からクッションスプリング67が最圧縮状態になるまでの圧縮ストロークは、ほんのわずかであって、懸架スプリング79の上端がインナーチューブ44の上端を越えるまでのストロークはしないからである。

また、仮に、クッションスプリング67が点線で示された長さの分(以下、この長さを「1」とする。)だけ圧縮でき、この長さ1の分までピストンロッド49が伸長し、かつ、懸架スプリング79の上端が上昇したとしても、図示の寸法関係から明らかなとおり、懸架スプリング79の上端とインナーチューブ44の上端までの距離(以下、この長さを「L」とする。)は、クッションスプリング67の圧縮ストローク1より長いから(L>1)、懸架スプリング79の上端はインナーチューブ44の上端より上方には絶対に移動しないことは自明である。

イ  被告は、上記第3図について、図面は技術内容を説明する便宜のために描かれるものであるから、設計図面に要求されるような正確性を持って描かれているものとは限らないものである旨主張する。しかし、当初図面は、倒立型フロントフォークとして機能する上での構成はすべて記載されており、当業者が容易に実施できるように合理的に記載され、図法上も簡略図ではなく、正確に実際の組立図を基にしてトレースされていることに鑑みれば、便宜的に描かれたものでもなければ不正確に描かれたものでもない。特に、懸架スプリング79の位置とインナーチューブ44の位置の関係、クッションスプリング67の形状、位置、スプリングシート65、65とクッションスプリング67の当接関係は、明瞭に図示されているのである。

(2)  当初図面の第2図には、懸架スプリング59がスプリングガイド55の内側でガイドされ、かつ、懸架スプリング59とインナーチーューブ44とが干渉しない状態が示されており、インナーチューブ44の上端に懸架スプリング59を干渉させないという技術的思想が図示されている。すなわち、同図では、スプリングガイド55は、ベアリング57に摺接しており、スプリングガイド55は、懸架スプリング59をその全長にわたってガイドして、インナーチューブ44と懸架スプリング59とを遮断している。これは、とりもなおさず、両者の干渉を防止するということであるから、インナーチューブ44の上端を懸架スプリング59に干渉させないという技術的思想でもある。

そして、当初明細書には、「第3図は本考案の他の実施例に係り、これは第2図の実施例の変形したものである。即ち、懸架スプリングの位置を変更したものである。」(15頁19行ないし16頁1行)と記載されている。

そうすると、当初図面の第3図のように懸架スプリング79の位置を変更する際にも、インナーチューブ44の上端がインナーチューブ79に干渉しないようにする技術的思想は、当然踏襲されているといえるのである。

第3  請求の原因に対する認否及び被告の主張

1  請求の原因1ないし3は認める。同4は争う。決定に違法の点はない。

2  被告の主張

(1)  当初明細書には、インナーチューブの上端と懸架スプリングとを干渉させないという技術的思想は全く記載されておらず、示唆もされていない。原告は、インナーチューブの上端と懸架スプリングとの位置関係が、当初図面の第3図に開示されていると主張するけれども、第3図は、原出願に係る考案の一実施例を示す図面であって、インナーチューブの上端と懸架スプリングとの位置が、たまたま両者を干渉さないような位置関係にあるようにも取れる記載があるに過ぎない。

また、実用新案登録出願の願書に添付される図面は、当該考案の技術内容を説明する便宜のために描かれるものであるから、設計図面に要求されるような正確性を持って描かれているとは限らないものである。このような図面の性質からみて、当初図面の第3図におけるスプリングシート65、66、クッションスプリング67及びピストンロッド49に関する記載は、当初明細書に記載された「ピストンロッド49の最伸長近傍でクッションを効かせるようにしている。」(14頁3行ないし4行)という技術内容を説明すれば足りるものであって、この図面の記載のみをもって、「懸架スプリングの上端が常時インナーチューブ上端より下方に位置する」という技術的思想が記載されているとすることには合理性がない。

(2)  原告は、当初図面の第2図には、インナーチューブ44の上端に懸架スプリング59を干渉させないという技術的思想が図示されていると主張すう。しかし、第2図に、インナーチューブ44の上端と懸架スプリング59とを干渉させないという技術的思想が開示されているとしても、それは、専らスプリングガイド55によって懸架スプリング59とインナーチューブ44とを遮断するという技術的思想であって、懸架スプリング59とインナーチューブ44の位置関係によって干渉を進けるというような技術的思想ではない。

また、原告は、当初図面の第2図の技術的思想が第3図においても当然踏襲されている旨主張する。しかし、第2図に開示されているものがあるとしても、それは、スプリングガイド55によって懸架スプリング59とインナーチューブ44とを遮断することによって、両者の干渉を防ぐという技術的思想であるから、スプリングガイドを有しない第3図においては、そのような技術的思想は、むしろ踏襲されていないと考えるべきである。

当初図面の第1図では、インナーチューブ2の先端は、懸架スプリング28と干渉するように配置されている。当初図面の第1ないし第3図に係る原出願の第1ないし第3実施例は、どれも同一の考案の実施例を示すものであるから、当然その中に含まれる技術的思想は一貫しているものであって、当該実施例固有の技術的思想が明記されていない限り、すべての実施例に同一の技術的思想が踏襲されると考えるのが自然である。しかるに、当初明細書には、第2、第3実施例について固有の技術的思想に関する記載はないから、同一考案の実施例のうち、ことさらに第2、第3実施例に係る第2、第3図のみを選択し、それらのみに共通する技術的思想を主張する原告の主張は、理由がない。

第4  証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録のとおりであるから、これを引用する。

理由

第1  請求の原因1ないし3の事実は、当事者間に争いがない。

第2  本件考案の概要

甲第3号証(本件実用新案登録公報)によれば、本件明細書には、本件考案について、以下のとおり記載されていることが認められる。

1  「【従来の技術】この種、従来のフロントフォークとしては、図2に示すように、アウターチューブ1内にインナーチューブ2が摺動自在に挿入され、インナーチューブ2の下部中央にダンパーシリンダ3が起立し、ダンパーシリンダ3内にはピストン4を介してピストンロッド5が移動自在に挿入され、ピストンロッド5の上端はキャップ6を介してアウターチューブ1に結合され、ダンパーシリンダ3の上端とキャップ6との間に懸架スプリング7が介装されてアウターチューブ1とピストンロッド5とを常時伸び方向に附勢し、アウターチューブ1を車体側にブラケットを介して結合し、インナーチューブ2の下端をアクスルブラケット8を介して車輪側の車軸に結合した所謂倒立型フロントフォークが開発されている。」(【0002】段落)、「【考案が解決しようとする課題】上記のフロントフォークでは、懸架スプリング7がダンパーシリンダ2の上端とアウターチューブ上端のキャップ6との間に介装されているためフロントフォークの伸縮作動においてインナーチューブ2の上端が懸架スプリングに干渉する等、撓わみ作用に悪影響を及よぼすことが危惧される。」(【0003】段落)、「又、懸架スプリングが作動中、油面A近傍も攪拌するために、体積補償室Bの空気等、気体が作動油中に混入してエアレーションを誘起し、減衰力の不安定要因となっている。」(【0004】段落)、「更に、フロントフォークが圧縮作動すると、ピストンロッド5がダンパーシリンダ3内へ侵入することにより、侵入体積分の油量は圧側バルブCおよびダンパーシリンダ3とインナーチューブ2との間を経由して油溜室Dへと流れる。」(【0005】段落)、「フロントフォークが最圧縮近傍に達すると、ロッド側ロックピース10がダンパーシリンダ側ロックケース11へ嵌合し、この嵌合隙間からなる絞り流路を介してロックケース11内の油を排出することによって、最圧縮時の衝撃が緩和される。」(【0006】段落)、「しかし、上記従来のフロントフォークにあっては、例えば、オートバイがジャンピング状態から着地する等、高速度でフロントフォークが圧縮作動してロックピース10がロックケース11に嵌合する際に、減衰力特性が急激に上昇し、乗心地を悪くする不具合がある。」(【0007】段落)、「この現象は、圧縮作動速度が上昇するにつれ、顕著となる。」(【0008】段落)、「そこで本考案の目的はインナーチューブの先端が懸架スプリングと干渉せず、懸架スプリングが作動油を攪拌せず、従ってエアレーションを誘起しないようにした倒立型フロントフォークを提供することである。」(【0009】段落)

2  上記の目的を達成するため、本件考案の構成は、実用新案登録請求の範囲に記載された構成を有する。(【0010】段落)

3  「【考案の効果】フロントフォークの作動中、懸架スプリングの先端はインナーチューブの先端より下方に位置させているから、インナーチューブ内周面で常時案内されて伸縮するため、従来のようにインナーチューブの先端が懸架スプリングに干渉する等の不具合を解消することができる。更に懸架スプリングをインナーチューブとダンパーシリンダとの間に配置したから、懸架スプリングを油中に埋没させることが可能で、作動中、体積補償室の気体が油中へ混入する不具合を抑制することが出来、減衰力の不安定要因を解決できる。」(【0040】段落)

第3  審決の取消事由について判断する。

1  甲第2号証(当初明細書及び当初図面)によれば、当初明細書及び当初図面には、別紙図面の第2図に示された実施例に関して、「ダンパーシリンダ47の上部内側とピストンロッド49の下部外周にそれぞれスプリングシート65、65が設けられ、これらのスプリングシート65、66間にクッションスプリング67が介装され、ピストンロッド49の最伸長近傍でクッションを効かせるようにしている。」(13頁下から2行ないし14頁4行)、同第3図に示された実施例に関して、「第3図は本考案の他の実施例に係り、これは第2図の実施例を変形したものである。即ち、懸架スプリングの位置を変更したものである。懸架スプリングの位置以外は第2図の実施例と同じであるから詳細は省略する。」(15頁19行ないし16頁3行)との記載があることが認められ、上記記載によれば、別紙図面の第3図は、ピストンロッド49が最伸長近傍にある状態を図示しているものであるとは認められるものの、最伸長状態にある懸架スプリングの上端とインナーチューブ上端の関係を示しているものと認めることはできない。

2  原告は、第3図の状態がピストンロッド49の最伸長近傍の位置を示すものであったどしても、〈1〉図示の状態からクッションスプリング67が最圧縮状態になるまでの圧縮ストロークは、ほんのわずかであって、懸架スプリング79の上端がインナーチューブ44の上端を越えるまでのストロークはしないから、懸架スプリング79の上端がインナーチューブ44の上端を越える位置まで伸長するのを許容するものではない、〈2〉また、仮に、クッションスプリング67が点線で示された長さの分1だけ圧縮でき、この長さ1の分までピストンロッド49が伸長し、かつ、懸架スプリング79の上端が上昇したとしても、図示の寸法関係から明らかなとおり、懸架スプリング79の上端とインナーチューブ44の上端までの距離Lは、クッションスプリング67の圧縮ストローク1より長いから、懸架スプリング79の上端はインナーチューブ44の上端より上方には絶対に移動しない旨主張するので、検討する。

原告の主張は、クッションスプリング67の長さ1及び懸架スプリング79の上端とインナーチューブ44の上端までの距離Lについて、上記第3図に示された図面上の長さないし距離が正確なものであることを前提とするものである。しかし、実用新案登録願書添付の図面は、当該実用新案の技術内容を説明する便宜のためのものであるから、その性質上、部材の長さ、部材間の距離等が設計図面に要求されるような正確性をもって描かれているとは限らず、また、それをもって足りるものである。したがって、実用新案登録願書添付の図面に記載された部材の図面上の長さないし部材間の図面上の距離のみを基に、ある部材の長さや部材間の距離の関係に係る構成が記載されているということはできない。ところが、甲第2号証によれば、当初明細書及び当初図面には、クッションスプリング67の圧縮ストロークの量、クッションスプリング67の長さ1及び懸架スプリング79の上端とインナーチューブ44の上端までの距離Lを説明する記載はなく、また、クッションスプリングが最圧縮状態のとき懸架スプリング79の上端がインナーチューブ44の上端を越える位置まで伸長することを許容しない旨の記載もないことが認められる。

この点に関して、原告は、当初図面は、倒立型フロントフォークとして機能する上での構成はすべて記載されており、当業者が容易に実施できるように合理的に記載され、図法上も簡略図ではなく、正確に実際の組立図を基にしてトレースされていると主張するけれども、これを認めるに足りる証拠はない。

したがって、前記第3図に示された図面上の長さないし距離が正確なものであることを前提とする原告の主張は、採用することができない。

3  原告は、当初図面の第2図には、懸架スプリング59がスプリングガイド55の内側でガイドされ、かつ、懸架スプリング59とインナーチューブ44とが干渉しない状態が示されており、インナーチューブ44の上端に懸架スプリング59を干渉させないという技術的思想が図示されているから、第3図のように懸架スプリング79の位置を変更する際にも、その技術的思想は当然踏襲されている旨主張するので、検討する。

甲第2号証によれば、原出願に係る考案は、懸架スプリングをピストンの摺動位置と関係ない位置に設けてインナーチューブの内周面を損傷させないこと及びインナーチューブに大きな曲げ作用が発生しないようにすることを技術的課題として、その実用新案登録請求の範囲記載の構成を採用したものであって、実施例として第1ないし第3図に3つの態様が示されていること、第1図では、インナーチューブ2の先端が懸架スプリング28と干渉するように配置されていること、第2図では、懸架スプリング59とインナーチューブ44との間にスプリシグガイド55を設け、これによって懸架スプリング59とインナーチューブ44との干渉が回避されており、また、懸架スプリング59とダンパーシリンダ47も干渉しないこと、第3図では、スプリングガイドは設けられておらず、また、懸架スプリング59とダンパーシリンダ47は干渉すること、当初明細書には、懸架スプリング59とインナーチューブ44との干渉について、何らの記載もないことが認められる。そうすると、当初図面の第1ないし第3図は、原出願に係る実用新案登録請求の範囲の構成に係る技術的思想を有する点で共通はするものの、懸架スプリングと他の部材との干渉に関しては、まちまちであるというべきであるから、スプリングガイド55によって懸架スプリング59とインナーチューブ44との干渉が回避されているという第2図に係る実施例と、スプリングガイドが設けられていない第3図に係る実施例とが、懸架スプリング59とインナーチューブ44との干渉が回避されているという点で技術的思想を共通するという根拠はないものといわざるを得ない。

したがって、原告の前記主張は、採用することができない。

4  以上のとおり、「懸架スプリングの上端が常時インナーチューブ上端より下方に位置する」との構成が当初明細書又は当初図面に記載されているとは認められず、また、この構成が自明であるとすることもできないとした決定の認定判断に誤りはなく、決定には原告主張の違法はない。

第4  結論

よって、原告の本訴請求は、理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

(口頭弁論終結日・平成11年3月23日)

(裁判長裁判官 清永利亮 裁判官 山田知司 裁判官 宍戸充)

別紙図面

〈省略〉

〈省略〉

理由

1.本件考案

本件実用新案登録第2529993号の請求項1に係る考案(以下「本件考案」という)は、実用新案登録明細書及び図面の記載からみて、その実用新案登録請求の範囲の請求項1に記載された次の事項により特定されるものである。

「車体側に結合されるアウターチューブ内に車輪側に結合されるインナーチューブを摺動自在に挿入し、インナーチューブの下部中央に起立したダンパーシリンダ内にピストンを介してピストンロッドが移動自在に挿入され、ピストンロッドの上端はアウターチューブに結合されている倒立型フロントフォークにおいて、懸架スプリングをダンパーシリンダとインナーチューブとの間の環状隙間内に軸方向に沿って介装し、その懸架スプリングの下端をインナーチューブ側で支持する一方、上端をスペーサを介してアウターチューブ側で支持するとともに、懸架スプリングの上端が常時インナーチューブ上端より下方に位置するよう構成した倒立型フロントフォーク。」

2.本件出願の出願日

先の取消理由通知において示したとおり、出願人が本件出願の原出願としている実願昭61-169657号の願書に最初に添付された明細書又は図面(以下「当初明細書又は図面」という)のうちの当初図面の第3図には、懸架スプリングの上端がインナーチューブ上端より下方に位置する記載が見て取れる。また、当初明細書の「スプリングシート65、66間にクッションスプリング67が介装され、ピストンロッド49の最伸長近傍でクッションを効かせるようにしている。」(明細書第14頁第1~4行)という記載から、第3図がピストンロッドの最伸長近傍を示す図であることがわかる。

しかしながら、当初明細書のどの部分にも、ピストンロッドがこれ以上伸長することができないことを示唆する記載はなく、第3図におけるスプリングシート65と66との間隔(すなわち、ピストンロッドが伸長可能な間隔)と懸架スプリングの上端とインナー中部上端との間隔との大小関係についても記載されていない。

してみると、本件考案の「懸架スプリングの上端が常時インナーチューブ上端より下方に位置する」という構成が、当初明細書又は図面に記載されているとは認められない。また、上記構成が自明であるとすることもできない。

なお、権利者は平成10年2月4日付けの意見書において「図示の寸法関係から明らかなように、懸架スプリング79の上端とインナーチューブ44の上端までの距離はクッションスプリング67の圧縮ストロークより長い」旨主張しているが、実用新案登録願書添付の図面は、一般に、当該考案の技術内容を説明する便宜のために描かれるものであって、一概には、設計図面に要求されるような正確性を持って描かれているとは限らないこと、また、権利者の主張の根拠が当初明細書には記載も示唆もされていないこと等を考慮すると、上記主張は採用することができない。

したがって、本件出願は、実用新案法第9条第1項において準用する特許法第44条第1項の規定による実用新案登録出願には該当しない。

よって、本件出願の出願日は遡及せず、実際に願書を提出した平成4年11月30日であるものと認める。

3.引用刊行物記載の考案

先の取消理由通知において引用した刊行物1には、「アウターチューブ内に下方からインナーチューブを摺動自在に挿入し、このインナーチューブ内にシリンダを植設し、更にこのシリンダ内には上方からピストンロッドを臨ませ、このピストンロッドの先端部にはシリンダ内に摺接するピストンを装着し減衰力を発生するようにした倒立型油圧緩衝器」(特許請求の範囲)、「自動二輪車に用いる倒立型油圧緩衝器としての倒立型フロントフォーク」(公報第1頁右下欄第12~13行)、「アウターチューブ3上端部のフォークボルト13の下端部にはスプリングカラーシート31を嵌挿し、このスプリングカラーシート31の下端外周面にはスプリングガラー(「カラー」の誤記と認められる)32を嵌挿して、インナーチューブ4とシリンダ16との間にスプリングカラー32を垂下し、更にこのスプリングカラー32の下端部にスプリングシート33を内嵌し、一方インナーチューブ4の下端部にはシリンダ16との間にホルダ34を嵌挿し、このホルダ34の上面にはスプリングシート35を載置して、これらスプリングシート33とスプリングシート35との間に懸架バネ36を介装している。」(公報第3頁右上欄第11行~左下欄第3行)、「油圧緩衝器が第2図に示す伸び状態から圧縮行程に移行して」(同第3頁左下欄第20行~右下欄第1行)と図面とともに記載されている。

してみると、上記刊行物1には、「車体側に結合されるアウターチューブ内に車輪側に結合されるインナーチューブを摺動自在に挿入し、インナーチューブの下部中央に起立したシリンダ内にピストンを介してピストンロッドが移動自在に挿入され、ピストンロッドの上端はアウターチューブに結合されている倒立型フロントフォークにおいて、懸架バネをダンパーシリンダとインナーチューブとの間の環状隙間内に軸方向に沿って介装し、その懸架スプリングの下端をインナーチューブ側で支持する一方、上端をスプリングカラーを介してアウターチューブ側で支持するとともに、懸架スプリングの上端が常時インナーチューブ上端より下方に位置するよう構成した倒立型フロントフォーク。」が記載されているものと認められる。

4.本件考案と引用刊行物記載の考案との対比

本件考案と刊行物1に記載の考案とを対比すると、刊行物1に記載のものの「シリンダ」、「懸架バネ」、「スプリングカラー」がそれぞれ本件考案の「ダンパーシリンダ」、「懸架スプリング」、「スペーサ」に相当するから、結局、両者は同一である。

5.むすび

以上のとおり、本件考案は、刊行物1に記載された考案である。

したがって、本件請求項1に係る実用新案登録は、実用新案法第3条第1項第3号の規定に違反してされたものであり、特許法等の一部を改正する法律(平成6年法律第116号)附則第9条第2項によって準用する特許法第113条第2号に該当する。

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